田口トモロヲの若い頃。ナレーション?広田レオナとの関係は?

Pocket

今回は田口トモロヲさんの紹介です。

 

田口トモロヲの若い頃。

田口さんは、中学時代、いじめられっこで、不登校になっていたそうです。

中学、高校と、学校や家に居場所がなく、映画館の暗闇が、
唯一の逃げ込める場所だったようで、そこでなんとかやり過ごされていたのでした。

こんな過去があったのですね。今も昔も変わりません。しかしここで映画館などに足を運んだことが将来に繋がったのでしょうかね。

田口トモロヲは獨協大学在学中から自分にどんな可能性があるのかといろいろなことに挑戦をしていたそうですね。

この一文を見るだけでストイックという事が分かります。

しかし。

獨協大学経済学部を中退しています。

あちゃ~。

4年間一度も進級しなかったということですよ

卒業する気が一ミリも感じられません。(笑)

在学中からアングラ演劇、自主映画、自販機本などに関わっています。

その他に。

脚本を書いたり、漫画を描いていたこともあるのですね。

…結構多才な方なんですね。何となく見た目では美的センスがありそうな顔立ちです。

Vシネマに出演していた時代もあり、若い頃は体当たりで進んでいったといえますね。

とにかく色々なことに挑戦をして、自分に何が向いているのかを探っていたといいます。

…こういう話を聞くと、今現代の若者となんら変わらないですよね。変わるとしたら行動力かと。

1978年、劇団「発見の会」入団。

1982年には「俗物図鑑」で映画デビュー。

1985年に演劇集団「劇団健康」を結成し、第3回公演「カイカイデー」まで参加していたって事ですね。

その一方、ライター、イラストレーターなどで生計を立てていたって事です。

…幅広すぎてビビります。(笑)

1983年、代々木公園で見たじゃがたらのライブに影響され、バンクバンド「ガガーリン」を結成。

1984年にはばちかぶりを結成しています。

…とにかく挑戦ですね。(笑)姿勢が素晴らしいですが、触発されたらすぐに行動を起こすところは、あまりマネできることではないですよね~。

スポンサードリンク

バンド・ばちかぶり。

かつて80年中半から90年にかけてアグレシッブなライブパフォーマンス(脱糞・嘔吐など)と文学的な歌詞で異彩を放ち、パンクスからインテリまで魅了したといわれるばちかぶり。

その活動は今でも語りぐさで、過去の音源にも高価なプレミアがつくほど。

当時の人はみんな知っていたんでしょうね。プレミアがつくとはマニアもいるんですね。

そして2007年。

パンクスからインテリまでを魅了したばちかぶり。彼らがエキセントリックなパンク・バンドとして活動していたナゴム・レコード期の全24曲の音源がコンプリートされ、

さらに未発表音源を収録した豪華2枚組作品『ばちかぶり ナゴムセレクション』としてよみがえります。

「ウンコ食べたら40万円」「ボーイズ・ビー・シド・ヴィシャス!」など、エキセントリックでありながら、キャッチーなフレーズが印象的な楽曲を多数収録。

…(笑)

ウン○というワードを出すところが本当に変わってますよね。(笑)まあそれが良さでもあるんですが。

このように、ばちかぶり時代の事を覚えている人もいるくらいです。そりゃあこんなタイトルつけるくらいですから鮮明に覚えますよね。

80年代中頃から90年代にかけて嘔吐や炊飯器への排泄などアグレッシブなライヴ・パフォーマンスと文学的な歌詞で”西の町蔵(町田康)、東のトモロヲ”と評され、

パンクスからインテリまでを魅了したばちかぶり。

…ぶっ飛び具合が最高です。(笑)

ピン○映画やア○ルトビデオに出演する一方で、1989年の大晦日に放送された日本テレビの実話ドラマ「シャボン玉の消えた日」では植木等役に抜擢され出演しています。

その田口トモロヲさんは初めて主役を与えられたのが塚本晋也監督の1989年の映画「鉄男」。しだいに鉄に体が蝕まれてゆくサラリーマンの物語でした。

この時、田口トモロヲさんは31歳。

…過去の経歴にここまで印象が残った俳優さんは今まで居ませんってくらい強烈な個性を持つ方ですね。(笑)自分の世界を持っているんでしょう。

 

ナレーション?

田口さんといえば、NHKのドキュメンタリー番組、「プロジェクトX~挑戦者たち~」のナレーションを、真っ先に思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

…はい。誰もがそう思うはずです。

他に、バラエティ番組「世界の果てまでイッテQ!」

ドラマ「ドクターX~外科医・大門未知子~」

「ハケンの品格」NHKの情報番組「あさイチ」などなど、

多数の番組で、ナレーションをされており、

このように評価が高いので仕事が来るのでしょう。

田口トモロヲさんは。

ナレーターの仕事はとても好きです。僕は人見知りなので、
ブースに入って1人で読む作業は良いですね。

こう語っています。独創的な人って、一人の空間が好きな人が多いような気がしますね。

 

声が良い。

スポンサードリンク

ネットでは。

「ナレーションの声がやたらかっこよかったのがすごい」

「ナレーションの これは、一匹狼の女医の話である がカッコいい」

「淡々としていて印象に残るナレーションだよね」

などと、評価も良いみたいです。

そして、最高の誉め言葉が。


まさかの「それだけの為」(笑)抜群の声なんです。

 

広田レオナとの関係は?

ダウンタウンと坂上忍がゲストと飲みながら本音を語り合うトークバラエティ「ダウンタウンなう」、8月18日放送のゲストはなんと「吹越満・広田レオナ元夫妻」。

なぜ離婚した二人が一緒にでるのか?本当に不思議な回、その冒頭に飛び出したイニシャルトークを検証する。

そう、このトークでまさかの田口トモロヲさんが登場します。

広田レオナと吹越満が付き合ったキッカケを作ったのが田口トモロヲさんと言われています。

1994年に1度目の結婚をした二人の出会いは1992年の広田レオナの誕生日会だったという。しかし広田レオナの認識では出会いはこの日ではなかったという。

というのも当時俳優のT.Tから「お付き合いしてください」と言われデートに行ったのが浅草花やしき、実はそこで当時吹越満が所属していたWAHAHA本舗のライブが行われていたのだそう。

そのT.Tとのデートにも関わらず、その舞台にいた吹越を見て「こっちの方がタイプかも」と誕生日会に呼んだのだそう。

と、この男性が田口トモロヲさんとの噂があります。吹越さんに広田レオナさんを取られたのです。(正確には広田レオナが目移りしたよう)

これが事実なら悲しい失恋も経験しています。(笑)

 

漫画。絵がうまい。

田口さんは、1980年代前半、官能漫画家としても活動されていました。

その頃は、本名の「田口智朗(たぐち ともお)」名義で、作品を発表されています。

官能劇画誌でその才能を発揮されていた、石井隆さんの漫画に憧れて、この世界に入られたそうです。

官能漫画というジャンルは、1970年代頃に確立したそうですが、わずか数年のブームだったようです。

へえ~。ここでも評価が高かったようですし、才能に溢れていますよね。しかし田口トモロヲさんは興味を持ったら絶対に行動する人ですね。(笑)

評価が高かったにも関わらず。

技術がないのが自分でもわかってしまって、飽きてやめた。

改善する間もなく飽きてしまったのですね。(笑)

なかなか印象的な本を書いていたようですね。(笑)

 

嫁?画像は?

田口トモロヲさんは嫁さんの情報を公表していません。

しかし。

どうやら一度結婚しているようですね。2009年頃に一般女性と結婚しているようです。

お相手の女性の年齢が田口トモロヲより年下で一回り離れているというので、おそらく30代後半だったのでしょうか。

50代の時に30代の女性と結婚とは、田口トモロヲさんやりますね~♪

公表していないので、画像はありませんでした。

 

息子がいる?

田口トモロヲさんには息子がいるという噂が立っていますが、実際のところ、お子さんがいるかどうかも分かっていません。田口トモロヲさんは嫁さんにしても情報を出さないのでどんな結婚生活を送っているのかも謎です。

田口トモロヲさんは謎に包まれていますね。(笑)

 

ドラマ・バイプレーヤーズで大杉漣に。

「大切な親友を亡くし、ただ呆然(ぼうぜん)としている。作品の大小を問わず、面白ければ参加し続けてきた、あなたの仕事への姿勢は僕らの目標だった」

と、大杉漣さんに影響を与えられた一人なんですね。しかし親友だったとは。

 

<関連記事>大杉漣の死因は大動脈解離?腹痛から?息子はカメラマン?ピッタリ賞連続?

 

 

この世界の片隅にでの評価。


良い感じですね。田口トモロヲさんはチョー個性派なので、好きになる気も分かります。ハマりますよね♪

 

映画。

俳優としては1982年『俗物図鑑』(内藤誠監督)で映画デビュー。以降、『鉄男』(塚本晋也監督)、『うなぎ』(今村昌平監督)、『御法度』(大島渚監督)など多数の作品に出演する。

映画での授賞歴。

1996年 日本映画プロフェッショナル大賞
1997年 毎日映画コンクール男優助演賞
2009年 新藤兼人賞・銀賞

これからの活躍に期待しましょう♪

スポンサードリンク

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です