【更生】テレンスクロフォードの壮絶な過去

ボクサー

クロフォードはどんな過去を送ってきたのか気になりましたので調べてみると、過去に銃で撃たれている事が分かりました。それも、プロデビューして間もない頃。

 

【更生】テレンスクロフォードの壮絶な過去

テレンスクロフォードはネブラスカ州オマハで誕生しました。

オマハについて

19世紀末から20世紀初頭にかけては、仲買・卸売業や精肉業で発展する一方で、違法ギャンブルや売春がはびこり、人種間の緊張が高まり、政界のボスとその配下の市長、および犯罪集団の癒着もあり、治安が悪化した。

20世紀中盤には、シカゴをしのぐ精肉業の中心地となったが、その後低迷した。しかし、1980年代からダウンタウンを立て直し、1990年代に地域経済構造を多角化し、その後は再び成長へと向かっている。

今日では、オマハは「オマハの賢人」ことウォーレン・バフェット率いるバークシャー・ハサウェイをはじめ、フォーチュン500に入る企業が4社本社を置き、電気通信などのハイテク産業やバイオマスエタノールといった新しい産業も生まれてきている、中西部経済の一角を担うビジネス都市としての地位を確立している。

引用元:『wikipedia』

クロフォードには二人の姉妹が居て、父親は海軍にいました。母親は仕事をしていないという情報があります。

クロフォードの父親とお爺さんは両方ともアマチュアボクサーとして活動していた事があり、そして父親に関してはレスリングにも熱中していたと言われています。クロフォードのバックボーンがレスリングというのは、父親が要因になっていたのですね。

そして母親の兄弟もボクサーだったとクロフォードは語っていますので、親族にはボクサーが多いという事が分かります。瞬発力や身体能力の高さは練習じゃ身に着ける事は難しいですよね。クロフォードは生まれつき恵まれた身体を授かったと言ってもいいかと思います。

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クロフォードがボクシングを始めたのは7歳。常に動いていないと気が済まない幼少期だった彼は、大人しくすることが出来ない問題児。その頃から父親と格闘していたとも言われており、バスケやサッカーもプレイしていたとの事。

ただ、クロフォードは戦うのが好きだったので、自然とボクシングという道に進んだのでしょう。確かに戦う事が好きでないと、試合中に”ニヤっと”しない...

クロフォードがボクシングジムに通い出して何がしたかったのかと言うと、『スピードバッグ』と『スパーリング』。いつもストリートで喧嘩していたので、スパーリングをしたいと思っていたのです。そして通い出して2週間経ってからスパーリングを経験させてもらう事に。

そのジムの看板名は『CW BOXING CLUB』。クロフォードの父親、祖父はそこのジムでトレーニングをしていたとありますので、ボクシングを始める事に多少なりとも影響したはずです。

クロフォードは元々やせ型だったのですが気性が荒く、サッカーチームを追い出されたこともある問題児でしたから、ボクシングをするにはうってつけの性格だったと想像できます。

父親は海軍で自宅を不在にすることが多いので、白人の『マイナー』という人物がクロフォードの代理父になりました。悪さをしないように、学校が終わってからクロフォードを連れてボクシングのビデオを一緒に見るなどしていたようです。

そのビデオを見た後、ジムに行って練習するという生活を送っており、マイナーらはクロフォードがボクシングの才能がある事を早い段階で気付いていたと言われています。身体能力の高さ&気性の荒さが際立っていたクロフォード。

...順調にボクシング人生を送るかと思いきや、色々寄り道をして銃で撃たれています。10代の頃からボクシングとは関係のない遊びに夢中になり、オマハを歩き回り、しばしばトラブルを起こしました。

ボクシングの仲間と一緒に居ることもなく、間違った仲間とつるんでいたクロフォード。そのせいで彼はマイナーに捕まり、放課後にボクシングのビデオを見せられていたのです。その事から逃げるためにマイナーから隠れていた事も多々ありました。

...先ほどクロフォードが銃で撃たれたと言いましたが、それは彼がプロ転向してすぐの事です。



以下海外サイト『omaha.com』より翻訳

”物事がどれほど早く南に行くことができるかは、クロフォードのプロとしてのキャリアのほんの数ヶ月後の2008年9月に家に追いやられました。

「その一日はめちゃくちゃだった」と彼は言った。「私は家にいるべきだった。私は戦いのために訓練していました。その2週間後にESPNに参加することになっていたのです。」

クロフォードの運命の日は、母親との議論から始まりました。その後、彼と何人かの友人は、警備員によってオマハ労働者の日のお祝いであるSeptemberFestから追い出されました。クロフォードは警棒でほとんど打たれた。彼が抗議し始めたとき、警備員がメイスを彼の目にスプレーした。

オマハ北部への乗車をキャッチした後、クロフォードは友人の家で屋外ホースを使用して目を洗い始めました。彼は成功していなかったし、彼の友人の父親は喜んでいなかった。

「私の水を止めなさい、男の子」クロフォードは彼が叫んだことを思い出した。「ここでは水道代を払っていません。」

動揺して、彼は他の場所を片付けるために去りました。はっきりと見えるのに1時間かかったと彼は言った。その時間の間に、彼は角を曲がったサイコロゲームについての電話を受けました。彼は行くべきではないことを知っていた。彼はとにかく行った。

サイコロゲームは熱くなりました。クロフォードは彼が去る必要があることを知っていた。

しかし、彼の車の運転席で、彼はお金を数えるために一時停止しました。その瞬間、銃弾が後ろの窓から衝突し、右耳の後ろの頭に当たった。

血が肩と背中に滴り落ちると、クロフォードは病院に車で行きました。彼は自分のライフスタイルを変えなければならないことに気づきました。”

...

クロフォードは間一髪で助かりました。もしかしたら亡くなっていた可能性もあったのです。そしてちょうどその頃にガールフレンドが妊娠している事を知り、彼の人生が完全に変わりました。

「自分自身が成長して大人になる時が来た。私は息子が父親と一緒に刑務所で育ったりするのを想像したくない。息子の手本になるためにも、悪さを止めた。」

「HBD」「Happy Birthday young prince」テレンスクロフォードが投稿した息子とのインスタ画像はこちら!

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