テオフィモ・ロペスの父親の人生が壮絶過ぎる。

ボクシングトレーナー
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ロマチェンコの父親について紹介しましたが、続きましてテオフィモ・ロペスの父親にスポットを当てましょう。噂によると、信じられないほど壮絶な人生を歩んできているんだとか。そう考えると、ロペスとロマチェンコの父親は対照的です。という事で、紹介していきます。

 

テオフィモ・ロペスの父親の人生が壮絶過ぎる。

テオフィモロペスはニューヨークのブルックリンで誕生しています。二人の姉妹がいる事が分かっていますね。

ロペスの父親(シニア)は中米のホンジュラスという国で誕生しました。

シニアは元々ホンジュラスの人ではなかったそうです。ロペスの祖父(10人家族)がスペイン人で、第二次世界大戦が終わった後にブラジルに移住し、その後ホンジュラスに移住したそうです。

調べてみると、祖父は1916年にスペインで誕生した事が分かりました。ホンジュラスに移住した後は、『靴屋』『パン屋』『タクシー?』等、様々な事業をしていたそうです。

そんな祖父が51歳の時(1968年頃)に、なんと18歳の女性と●の営みをしてロペスの父親(シニア)が誕生しています。年齢差は約30歳。凄すぎますよね…

その女性の名前はロメロというそうですが、旦那と年齢が離れすぎていた為に折り合いが悪かったそうで、アメリカのブルックリンに移住しました。




テオフィモロペスの父親は●の売人になってしまう...

ブルックリンに移住した祖母(ロメロ)とシニアでしたが、ロメロは生活が苦しいからかシニアを虐待していたそうです。ベルトで打ちのめしたり、電気コードで殴ったり...

そのせいでシニアはぐれてしまい、10歳頃から●の売人になってしまったとか。それも、自分たちで製造していたぐらいのレベル。コカ●●をしていたとの情報もありますね。同時期に家を失っていた事も分かっています。壮絶です…

 

画像出典元:『nowboxing』

 

若くして売人になったシニアは、ストリートファイトに明け暮れ、地元でも恐れられる存在になっていたとか。移住したブルックリンからホンジュラスを行き来する事もあったみたいですが、17歳になった時に、なんと祖母(ロメロ)が自●(首●り)してしまいます。

 

テオフィモ・ロペスの父親は息子が誕生した事で更生したようだ。

画像出典元:『RINGSIDE24』

シニアはこのまま壮絶な人生を送ることになるのかと思いきや、ロペスが誕生した事で人生が好転していきます。

ロペスが誕生してから5年経ち、一家はフロリダに引っ越しました。その地の刑務所にて11日間過ごし、(恐らく麻●容疑)その後はリムジンの運転手として働くことに。

そしてロペスが6歳になった時にボクシングを始めることになりました。ストリートファイトに自身があった父親は、ロペスにボクシングをやらせてみようと考え、そしてジムに連れて行きました。そこでロペスは見事なパンチを打ち、ボクシングを習う事になったそうです。もし息子がボクシングをしなかったらどうなっていた事でしょう...

シニアは現在もロペスのトレーナーとして活動しています。

 

テオフィモ・ロペスの母親と父親の馴れ初め。

ロペスの母親の名前はジェニーといいます。ホンジュラスで生活している時は、『ミスホンジュラス』だったそうですから、かなりの美貌だった事が分かります。ブルックリンで生活している時は、ストリップクラブのバーテンをしていたようですね。

...そんな二人が出会ったキッカケはランバダです。参考動画↓

1989年に知り合った2人は、1年後に結婚します。そして三人の子供が誕生したという事です。

 

 

テオフィモ・ロペスの姉妹が美人過ぎる。

 

ロペスの母親(ジェニー)は元ミスホンジュラスだけあって、娘もかなり美人ですね。因みに間に映っているのはロペスの父親です。

 

まとめ。

テオフィモ・ロペスの父親は壮絶な人生を歩んでいますね。息子がボクシングの道に進んだおかげでボクシングのトレーナーをする事が出来ています。生い立ちを知ると、ロマチェンコよりロペスを応援したくなるのは私だけでしょうか。どちらも好きですが。

 

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