島木譲二の嫁はあやちゃん?元プロボクサーだった?死因は?

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大阪名物パチパチパンチ。予測変換で出るくらいですから日本人で知らない人はいないくらいでしょう!

見た目はいかつく近寄りがたいオーラが半端ないですが、吉本のいじられキャラとして愛されていた島木さん。

その人柄の良さから皆から愛された島木さん。なんとハリウッド映画「ブラックレイン」に出演し松田優作や、マイケル・ダグラス、そして高倉健とも共演したこともあるんです!

 

島木譲二プロフィール

名前:島木譲二(しまきじょうじ)

本名:濱伸二(はましんじ)

出身地:兵庫県尼崎市

出身校:興國商業高等学校

血液型:AB型

事務所:よしもとクリエイティブ・エージェンシー

小学校の時に見た映画『俺は待ってるぜ』で石原裕次郎が演じた元プロボクサーのレストラン店主島木譲二役に憧れ、中学生の頃から本名(濱伸二)と役名(島木譲二)をもじって「ワシは島木譲二や!」と勝手に名乗っていたという。

裕次郎もびっくりです。(笑)そして九人兄弟の六番目だそうです。昔は本当に兄弟が多いですよね!今じゃ考えられません!

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プロボクサーだった?

高校時代は長嶋茂雄や中西太にも憧れて野球に打ち込み、強豪校である興國商業高等学校に進学するが、2年生の時に肩を壊して甲子園の道は断念した。失意の中、次はボクシングの道に活路を見出そうと決め、ライセンスを取得して大阪新和所属のミドル級プロボクサーとしてデビューした。

西日本新人王を獲得するなど活躍したが、目に異変を感じて治療を受けたところ「失明の危険がある」と診断されて引退するなど、身体のけがに悩まされる青年期を送った。

元プロボクサーだったんですね!こんないかつい顔だったら、試合前から相手もびびったでしょうね。

漫才でも体を張る芸が多いですが、自分を痛めつけるのが好きなんでしょうか…

引退後もボクシングとは関わりを持ち続け、日本ボクシングコミッション(JBC)の試合役員を務めた。

また、公式試合においてタイムキーパーを務めていたこともあり、「ガッツ石松vsロドルフォ・ゴンザレス戦」(WBC世界ライト級タイトルマッチ)や、「具志堅用高vsハイメ・リオス戦」(WBC世界ジュニアフライ級タイトルマッチ)といった世界タイトル戦でもタイムキーパーを担当したと語っている。

交流のあった元プロボクサーのアポロ嘉男さん(元西日本ボクシング協会会長)のコネもあったんでしょうか。世界タイトル戦でのタイムキーパー…すごい経験です。

島木さんは1992年にはボクシングのレフェリーの資格も取得しています。

毎日放送千里丘放送センターで警備員として働いたこともあるらしく、敷地内に入ってきた暴走族を一人で撃退したこともあるらしいです。さすがボクサー!

 

吉本興業へ

高所から転落して足を骨折した際、リハビリの面倒を見てもらっていた殺陣師の紹介で時代劇の切られ役の仕事を貰い、その縁から吉本興業の地方巡業に呼ばれたりもしたという。

1980年芸人を志望していることを知った友人の間寛平から紹介され、吉本興業から島木譲二の芸名で正式デビューし、吉本新喜劇に入団する。

まず友人が間寛平ってどういうことなんでしょうか(笑)意味が分かりません(笑)

にしても36歳でデビューですから、吉本に入るまで長い道のりだったんですね。

42歳の時に台本の「ゴリラみたいに」という指示からアドリブで披露した胸板を高速で叩き続けるネタが話題を呼び、後に大阪名物「パチパチパンチ」の名前で持ちネタとなった。

派生芸として頭を灰皿で叩くポコポコヘッド」、一斗缶で頭をぶつけるカンカンヘッド」などを次々と編み出し、吉本における肉体派芸の走りとなった。

このパチパチパンチを心斎橋の駅でファンに披露したらしいですからね!良い人すぎる!

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流血事件?

流血事件って?

2004年12月15日に収録された正月特番で、舞台中に出演者から唆され、頭に水晶玉を乗せて鏡餅をやろうとして頭上約1メートルの高さまで投げ上げたところ落ちてきた水晶玉が脳天を直撃、頭頂部から流血した

舞台が騒然となり、共演の石田靖があわてて島木の頭をタオルで拭い、以降はそのまま頭に(頬かむりのような形で)タオルを巻いた姿で収録続行した。

当然の如く、オンエアでは流血のシーンは全てカットされたが、2009年4月11日放送の新喜劇50周年スペシャルにて、カットされた流血シーンが、初めてテレビで全て公開された。

放り投げた水晶玉は頭上1メートル以上もの高さから落下してきて、そのまま頭を直撃していた。その番組中の島木本人の話によれば、横に落とすつもりが、見失ってしまった。首が3センチほど入った」らしい。

水晶玉が頭を直撃した瞬間、一瞬目の前が真っ暗になったが、足を踏ん張って舞台に立ち続けたとのこと。

体張りすぎ(笑)ここまで体張れるのは今では出川哲朗さんくらいですね!

他にはこんな話も。

「島木さんこそ本当の破天荒芸人ですわ。芸人たちからネタにされていますが、アホほど酒を飲んで舞台に上がってもうて、本番中に吐いてゲロまみれになったこともあります。そんなことができるのは、島木さんぐらいしかおまへん」

これは島木さんだからこそ許されたんでしょう。

 

嫁はあやちゃん?

よく島木さんの関連キーワードで「あやちゃん」と出てきますので、嫁さんなのか調べてみました。

あやちゃんって誰?と思って調べてみたら、どうやら離婚した女性の名前のようです。奥さんの名前は昭子さんです。

ちなみに前の奥さん紋子さんと島木さんとの間にはお子さんがいるようですね。なので、あやちゃんは再婚相手ではなく離婚相手でした。昭子さんとの間にはお子さんはいないようですね。

ということでした!因みに娘さんだそうですね。もうかなり大きくなってるでしょう。島木さんの様にみんなから愛されているんでしょうね!

 

死因は?

 

島木さんの死因は 脳溢血(のういっけつ)ということです。

「脳溢血」というのは「脳出血」とも言われていて、頭蓋骨内で脳の血管が破裂して出血するという症状です。

脳溢血は、何の前触れもなく突然に起こることが多いんだそうです。
主な原因は高血圧だそうです。糖尿病も患い、腎臓もかなり悪かったようです。なんでも、“人工透析”のために入退院を繰り返していたんだそうです。

最後の新喜劇の舞台の時は、「パチパチパンチ」も「ぽこぽこヘッド」もせずに、舞台裏では横になっていて、かなりしんどそうだったみたいですね。

島木さんはお酒もよく飲んでいたみたいなので、食事の乱れから体調を崩したのかもしれませんね。でも、長生きの為と言って色々気にしすぎるほうが精神的にはしんどいですしね。島木さんなりに、最高な人生を全うしたでしょう。

 

後輩の小藪は?

新喜劇の後輩で生前、島木さんにお世話になったという小籔は会見で声を詰まらせ号泣。「僕は本当にかわいがっていただいて、助けていただいた。

僕がすごくへこんでる時に『周りのことは気にせんと、舞台で頑張ったらええねん』と舞台袖で2人きりになった時に言ってくれて。

僕の心の機微をいつも気にしてくれていてて、テレビの量が増えていってからも『あれ面白かったで』と褒めてくれたり、要所要所で優しい言葉をかけてくださった」と島木さんの温かい人柄を振り返った。

 

ハートが熱い男だった島木さん。これからも永遠に語り継がれていく事は間違いありません。元気がないときに見たら、きっと笑顔になることでしょう。

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