荻野昌子は芸者で料亭の経営者だった。娘・孫と顔が似てる。画像あり。

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今回は、荻野昌子さんの過去について話していこうと思います。かなり有名な人なのに情報があまり無いのは違和感を覚えますね。と言っても、筆者も情報弱者なのですが。(笑)

芸者と言われてもピンとこないですし、ちょっと説明させてもらいましょうか。娘・孫はあの有名な芸能人なんですよ。いや、家系がヤバすぎるんですが。(笑)




荻野昌子の旦那は犬養健。

生年月日:1896年7月28日~1960年8月28日

出身地:東京都

犬養健は政治家。父は元内閣総理大臣の「犬養毅」。法務大臣の経験もあります。

その時の内閣は「吉田内閣」。法務大臣として活動していた期間は1949年~1960年まで。

政治家になる前は小説家としての活動もありました。

精緻な心理描写と繊細な感じかたが評価され、のちに政治に転身してからも文士時代の知友との交際があった。

この時代は小説家からの政治家も珍しくなかったのかもしれませんね。あの、三島由紀夫さんも小説家でしたし。まあ、三島さんは個人的な活動でしたが。

さて、荻野昌子さんの旦那さんが凄いのは分かったと思います。なんたって、総理大臣の息子ですからね。それでは、荻野昌子さんの紹介に行きましょう。

 

荻野昌子は若い頃、柳橋の芸者だった。

生年月日:1924年~2006年。

3つの時代を生きられた方です。「大正」「昭和」「平成」を。

それはさておき、荻野昌子さんは料亭の経営者になる前は「芸者」をしていました。場所は柳橋だったそうです。

柳橋の芸者って言われても、「???」って感じだと思います。(笑)私も同じです。ですがせっかくなので調べてみることにしました。

まずは柳橋という地から。今この地名を聞くことはないですよね。当然です。もう無いのですから。

柳橋(やなぎばし)は、かつて東京都台東区柳橋に存在した花街。

と、情報がありました。戦前賑わった地なんです。他にある有名な花街と言えば「新吉原」「赤坂」「神楽坂」など。

何があった場所かと言うと、今で言う男性が女性に対して欲求を満たす場所を始め、料理屋さんなど、大衆が週末に楽しめる地といった感じでしょうか。

「宮様から畳屋様まで楽しめる」

というフレーズがあったくらいです。

そのような場所で荻野昌子さんは芸者をしていたのですね。その理由は実家の石材家が倒産してしまったため。実家を支えるために芸者になったのかもしれませんね。

〝役者にとって浮気は芸の肥やし。芸者にとっても浮気で色気が出て仕事になるなら、″と役者との軽い火遊び程度は多めにみられていました。

こう言われてる様に、もしかしたら荻野昌子さんも男遊びを沢山したのかもしれませんね。その証拠に、当時犬養道子と結婚していた犬養健と遊んじゃうのですから。(笑)

芸者として活動している25歳の時に娘が産まれています。

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荻野昌子はその後、料亭の「をぎ乃」の経営者に。犬養道子との関係。

※犬養道子。

芸者を引退してからは「をぎ乃」という料亭を経営します。娘が20歳を過ぎるころまで経営していたみたいです。経営者としては優秀な評判だったようですね。

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それなりに流行っていたんでしょう。あ、さっきから娘といってますが、名前を言ってなかったですね。娘さんの名前は「安藤和津」さんです。といっても、妾の子という事だったのですが。

妾とは結婚している男が妻以外に
経済的な援助などをして囲う女性のことです。

まあ、簡単に言ったら、犬養健さんが妻子持ちなのに荻野昌子さんと関係を持った。そして子供(安藤和津)さんが産まれたって事ですね。

因みに当時の犬養健さんの年齢は52歳で、荻野昌子さんは25歳。凄い歳の差です。当時の政治家も金に物を言わしてたのですね。(笑)

勿論その後、安藤和津さんは犬養健さんの娘として認知されています。ちょっとヤヤコシイですよね。そのことから、荻野昌子さんと安藤和津さんは長年親一人、子一人で生活していたそうですよ。あ、お手伝いさんはかなり居たそうですが。

安藤和津さんが中学1年生の頃、犬養健さんが亡くなられたのですが、当時妾だった荻野昌子さんと、その子供安藤和津さんは親族側の席に座ることすら許されませんでした。

犬養健さんと同じ家で寝ることは無く、孤独に生活していたわけですが、当然のことながら病気をすることもあります。

荻野昌子さんは亡くなられる約10年前から認知症の兆候が現れます。

「手づかみで物を食べたり、娘のピアノの先生に未払いの月謝を催促された時には、顔面に札束を投げつけたり・・・・・・。

当時母は同じマンションの別の部屋に住んでおり、頻繁に行き来をしていたのですが、そのうち夫(俳優の奥田瑛二)にも難癖をつけ始め、家族の仲がメチャクチャに。

娘の安藤和津さんは介護をしていたのですが、本当に辛かったと語っていますね。

それでは、荻野昌子さんの顔を拝見してみましょう。娘、そして孫に似ているのでしょうか。

 

荻野昌子は娘に似ている。画像あり。

親と子はやっぱり似るもんですよね。

さあ、続いては孫の安藤サクラさんと比べてみましょう。

 

荻野昌子は孫に似ている。

どっちかというと、娘さんより孫の方が似てますね。(笑)

娘さんとは一緒にお風呂に入ったりすることがあったそうなのですが、その時のエピソードを。

祖母の肉付きいいお腹と波が、何とも言えない心地よさだったんです。また父と入るときは、大きな手でタオル風船を作ってもらうのを、いつも楽しみにしていました。

いい匂いがするきれいな色のシャンプーやボディソープを桶のお湯に溶かしては「はい、ジュースですよ」と、独り遊びをして、母に「これ、高級品なのよ!」なんて、あとから叱られたりもしましたけど。

娘さんに対してかなり過保護だった荻野昌子さんですから、お孫さんとなると余計に心配だったかもしれません。

 

まとめ。

※犬養健の父。

・荻野昌子は柳橋の芸者だった。25歳の時に娘を産んでいる。その後、料亭「をぎ乃」の経営者となるが、娘が20歳を過ぎる頃に店を畳んだ。

・荻野昌子は犬養健の妾だった。

・犬養道子は犬養健の嫁。

・荻野昌子は娘、孫と顔が似ている。

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