リカルドロペスVS大橋秀行の解説をするガッツ石松が熱い

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1990年10月25日。後楽園ホールにてリカルドロペスと大橋秀行が戦いました。

ロペスは1966年7月にメキシコシティのすぐ南にあるクエルナバカで誕生し、18歳の時にプロ転向。デビュー戦はKO勝ちし、その後7戦連続でノックアウトしています。軽量級ながらそのKOの多さに、メキシコでの彼の評価も高まっていきました。

リカルドロペスのニックネームは”El Finito” です。【上質】と言われる事もありますが、【素晴らしい男】だと理解する人もいますね。英語に略すと” The Fine One”ですから、たった一人の男と捉えることもできます。確かに”たった一人の男”はリカルドロペスのニックネームにふさわしいと思いますね。

対する大橋は1986年12月、WBC世界ライトフライ級タイトルマッチで張正九に挑戦していますが、5回TKO負け。その後1988年1月に日本ライトフライ級タイトルを獲り戻し、同年6月に再び張に挑戦。しかし、8回にTKO負け。世界タイトルに二度挑戦するも失敗しています。

大橋が二度挑戦した張は、タイトルを15連続防衛した韓国の名チャンプ。国際ボクシング名誉の殿堂博物館への殿堂入りも果たしています。韓国の王者で殿堂入りした初めてのボクサーになったようです。それだけ彼の強さが際立っていた問う事でしょうし、殿堂入りする名チャンプとしてふさわしかったという事でしょう。

この時代の韓国のボクシングは盛んでしたよね。ロイジョーンズの五輪不祥事から韓国のボクシングが衰退していますが...

その張は現在ソウル市内に居酒屋を構えたと過去に報じられていましたが、現在はどうなっているのでしょうか。ボクシングジムを運営しながら、テレビで解説を務めることもあるようですが、帳さんの事が気になってきましたね。また、記事でも更新しますか。

...話を戻します。

大橋が世界タイトルに挑戦した時、既に日本のボクサーはタイトル挑戦で21連敗していました。タイトルを奪取するまではなんと1年以上日本人世界チャンプは不在だったのです。1990年2月7日に韓国の『チェ・ジョムファン』に挑み、悲願のタイトルを奪取してから初防衛。その相手こそ、リカルドロペスだったのです。

ロペスは母国メキシコの評判が高く、大橋と対戦する前は「これからロペスの時代が来る」と言われていたそうです。対戦する前にリングの上で国家が流れるのですが、ロペスはその時泣いていたそうですね。アウェーでの試合ですし、恐怖におののいていたのでしょう。ですがロペスの父親も試合に帯同していましたし、それはそれは心強かったはず。



リカルドロペスVS大橋秀行の解説をするガッツ石松が熱い

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試合を観た感想ですが、1,2ラウンドに大橋は良いパンチを当てていますね。ただ、ロペスの動きは柔軟性がある。全身バネと言ってもいいぐらいに柔らかい。

大橋は4ラウンドにダウンし、そして5ラウンドにも再びダウン。ガッツ石松さんが解説席で話していたのですが、最後のパンチを貰った時は、「もうだめだ」と言っていますね。

そのガッツさんは解説にも関わらず、ずっと熱かったですね。冷静に「ボクシングは手を出してペースをつかまないと駄目」と言った0.5秒後に、

 

「大橋!手を出せ」

「大橋!打ち合え!」

 

と大音量で叫んでいます。(笑)

ガッツさんの熱量にびっくりした私。ですがボクシングを見ながら冷静を装うなんて難しいですよね。

結局2度目のタイトル防衛はなりませんでしたが、ロペスはその後22度防衛し、歴代PFPにも名を出す名チャンプになりました。しかも無敗で引退。ボクシングマニアなら知らない人は居ないチャンプを挑戦者として迎えただけで、大橋会長の株は上がります。

その会長の魂を受け継ぎ、大橋ジムの選手は強い選手に挑むマインドが出来ていると感じます。八重樫さんもロマゴンと戦いましたし。あの時下馬評は圧倒的に不利でしたが、試合での打ち合いは物凄いものがありましたよね。

川嶋さんがジム初めての世界チャンプになった時も感動しましたし、大橋ジムの選手は常に強いチャンピオンに挑んでいる気がします。

...

さて、この一戦は海外でも時折語られる事があるのですが、その声を聞いてみましょう。

  • 大橋におって簡単な防衛だと誰もが思っていたと聞いており、リカルドは子羊のような扱いだった。
  • まっすぐな右手での2回のノックダウンと、左フックでの情けの一撃。ロペスは力のある素晴らしいボクサーだ。
  • 完璧なボクシング。フィニートはミニシュガーレイロビンソンのようでした。
  • リカルド・ロペスが言うには、当時日本に行くのに大変な労力を要し、空港を出ると大橋秀行と彼の名前を告げる大きな文字のポスターがあり、メキシコは小さく見えたと彼は言う。

大橋会長は負けましたが、ロペスをチャンピオンとして迎えた男として世界に名を轟かせています。

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