初めて世界戦のレフェリーを務めた時のケニーベイレスが若い。

レフェリー
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ケニーベイレスはカリフォルニア州のバークレーで育ちました。

 

初めて世界戦のレフェリーを務めた時のケニーベイレスが若い。

バークレーは海沿いに面する町だという事が分かります。実は日本の大坂にある堺市の姉妹都市(1967年から)なんですよ。

どのような交流をしているかというと…

  • 市民による親善使節団の派遣・受け入れ
  • 市民による高校生の交互派遣
  • KIX泉州国際マラソン出場者の招へい

引用元:『堺市ホームページ』

はい。ちょっと難しいですね。ボクシングの話に関係ないので端折ります。

街の綺麗な景色がこちら。

画像出典元:『tripadvisor』

綺麗ですね!

ケニーベイレスは高校生の時にバスケットボールに挑戦したのですが、途中で陸上競技をすることになったそうです。

彼は喘息持ちだった為に、練習もままならないこともあったようで常に吸入器を持参していました。周りの仲間は元気に走っているのに、彼は仲間たちを見ていてイライラしていた彼は、練習中に失神する事もあったようですね~。

学生の頃のケニーベイレス

画像出典元:『pioneers』

そんなトラブルもありながら、大学に進学して卒業。彼はラスベガスのネバダ州の教師として採用されて勤務していました。ネバダ州で経験を積んだ後はベイエリアに戻りたいと考えていたそうですが、ネバダ州アスレチック委員会のボクシング関係者であるジョニーと仲良くなります。

何故ジョニーと仲良くなったのかは分かっていませんが、恐らくラスベガスでケニーベイレスがボクシングの試合を頻繁に観戦していたからでしょう。彼はボクシングで有名なネバダ州に引っ越して興奮していたようですからね。



そしてジョニーはボクシングが好きなベイレスに対し、「審判をしてみない?」と尋ねたそうです。当初は迷っていたようですが、モハメドアリの試合を観た後に興奮し、リングサイドジャッジになりたいと思うように。

そしてケニーベイレスはアマチュアの審判になり、ゴールデングローブというアメリカのアマチュアボクシングの大会の審判を12年間務めた後にネバダ州アスレチック委員会に雇われる事になります。

ネバダ州アスレチック・コミッション(Nevada State Athletic Commission、略称NSAC)は、アメリカ合衆国ネバダ州において、ボクシング・キックボクシング・総合格闘技などの徒手格闘技の競技を統括する組織[1]。1941年設立。

引用元:『wikipedia』

そしてプロの審判に任命(1991年)され、1994年に彼の最初の世界タイトルの戦いのレフェリーを務めました。

その試合がWBA世界ライト級タイトルのフランキーランドール対ロドニームーア戦です。

若い!43か44歳ですね。肌に張りがあります。

数々の経験を積み、今では多くの名勝負のレフェリーを務めていますよね。ケニーベイレスは2014年にネバダボクシングの殿堂入りしましたし、定評のあるレフェリーになりました。

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