三都主アレサンドロの引退後の現在は加古川?嫁は?子供は四人?

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今回はサッカー元日本代表の三都主アレサンドロさんの紹介です。三都主さんと言えば、あの2004年の日韓ワールドカップにも出場した選手です。22歳でJリーグ最優秀選手賞を受賞し、一気にスターへの階段を上った選手でもあります。

帰化して、「三都主」という名前は、「生まれ故郷のマリンガ、明徳義塾時代の高知、プロデビューした清水」の3つの都市を大切に思う気持ちからこの漢字になったそうです。

 

代表戦では、君が代を熱唱していたのも覚えている人は多いんじゃないでしょうか?




 

三都主アレサンドロプロフィール

 

生年月日:1977年7月20日

出身地:ブラジル パラナ州マリンガ

身長:178㎝

血液型:A型

ポジション:ミッドフィルダー

ニックネーム:アレックス

父:ウィルソン

母:マリア

1986‐1994:グレミオ・マリンガ

1994‐1996:明徳義塾高等学校

1997-2003:清水エスパルス

2004‐2009:浦和レッズ

2007:レッドブル・ザルツブルグ

2009-2012:名古屋グランパス

2013:栃木SC

2014:FC岐阜

2015:マリンガ

2016:PSTC

ホント色々なクラブを渡り歩いていますね!いろんな地域に行って、いろんな経験をして…と同時にたくさんの苦労もしてきたんでしょうね。

因みに国籍は日本とブラジルの二重国籍です(ブラジルは国籍を放棄する事を禁じているため)。帰化以前の名前は、アレサンドロ・ドス・サントスです。

ブラジル人のアレックスは16歳の時にサッカー留学生として初来日し、明徳義塾高校のサッカー部に所属。

全国大会などの出場はなく世間的には無名だったが、練習生として清水エスパルスの練習に参加し、後に正式な清水の選手として加入する事になる。

トップ下や左サイドでプレーをしていたが、1999年にはシャドーのポジションで主力としてプレーしクラブ史上初のステージ優勝と自身初の年間最優秀選手賞受賞を果たすなど、飛躍を遂げるとともにJリーグを引っ張る存在へと成長した。

 

無名の選手からそこまで這い上がるって凄いですよね。ハングリー精神が強かったのでしょう!

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因みに父親のウィルソンさんは中堅クラブで18年間プレーした元プロ選手で、あのペレなどのスーパースターと対戦したこともあるみたいですね!DNAも良かったんでしょう。

褐色の肌にドレッドヘアーをなびかせて左サイドを猛烈な勢いで駆け上がり、対戦相手を恐怖に陥れた名ドリブラーは、16歳の若さで海を越えた日本育ちだ。

 

「高知の明徳義塾高校に行った時も清水エスパルスに入ったばかりの時も、『挑戦だ、試練だ』と肩肘張っていた訳じゃない。好きなサッカーを懸命にやっていたら道が開けていったよ。余計なことは考えず、得意のドリブルで勝負だったね」

 

プロになりMVPも受賞した清水エスパルス、当時の国内最高移籍金で移籍した浦和レッズ、浦和レッズ時代に1年期限付き移籍でプレーしたザルツブルグ(オーストリア)、黄金時代の名古屋グランパス、その全てで優勝を経験した。

すべてで優勝!運も持ち合わせてないとこういう経験は出来ないでしょう。余計な事は考えずっていうのも、ポジティブ思考でいい結果に繋がったんですね!

 

そんな三都主さん、とても明るかったみたいです。

元々がブラジル人だからかとても明るく陽気な性格のアレ。年齢に関係なくチームメイトにいじられ、率先してチームの盛り上げ役を担っていました。2008年に浦和に復帰した際の会見ではザルツブルクを戦力外になりました。」とあいさつし会場は笑いに包まれました。

 

  そんなアレの陽気な一面が顕著に表れていたのが2006年最終節。

試合終盤に3-2とリードし、残り時間で4失点しなければ浦和の優勝が確定となる展開に。そんな中交代でベンチに下がったアレは、同じく交代したロブソン・ポンテと共に密かに持ち込んでいた打楽器をベンチで演奏し早くもお祝いムード

 

ピッチではまだチームメイトが闘っているのにである。

さらに試合後には優勝の余韻そのままにピッチで喜びを大爆発させ、サポーターがアレのチャント(原曲はポパイ。現在森脇良太のチャントに使われている)を歌うのに合わせ、手拍子と共にその場でクルクル回るというお茶目さを見せた。

 

明るいですね~!こういう選手がいたらムードもよくなりますよね!しかし戦ってるときにそんなことして、相手チームどう思ったのでしょうね。私だったら怒りますね(笑)

 

引退

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2015年にはブラジルに帰って故郷であるマリンガのサッカーチーム「グレミオ・マリンガ」に所属します。実は日本を離れて現役を終わるつもりだった三都主。

それでも、マリンガのチームから「選手として出てください」とお願いされたことでブラジルでサッカー選手生活がスタートしました。パラナ州の3部チームでありながら、21600人を収容できるスタジアムを持つ割と大きなチーム。

しかし、所属期間はたったの3か月。元日本代表でありながらブラジルの地方のクラブチームであまり目立った活躍はできませんでした。2016年からはパラナ州にある「パラナ・サッカー・テクニカル・センター」に所属。変わった名前ですが、れっきとしたクラブチームの名称です。

そこで少しプレーしそのままサッカー選手として終止符を打ちました

 

何故日本を離れて引退するつもりだったのでしょうか?個人的な推測ですが自分の生まれた国、即ちブラジルでサッカー選手を終えたかったんだろうと思います。それにしてもチームに3か月しか所属してないんですね…

 

現在

現在パラナサッカーテクニカルセンターでの活動の他に、三都主本人が立ち上げた組織であるINSTITUTO ALEX SANTOSという団体で17歳以下のサッカー選手の指導もしているようです。

サッカー中心に指導をしながら柔道やカポエラなどのスポーツを習わせたりして、スポーツを通じた生活を支援しているようです。

日本人の留学生など、各地からセンスのあるサッカープレイヤーを集めて育成したらプロクラブに売却するというビジネスを行っている組織です。

もともとパラナサッカーテクニカルセンターは地元のお医者さんや弁護士たちがお金を出し合って設立したクラブチームで大会や試合にも出ていますが主に育成に力を入れているようです。目的の一つは、スポーツ、教育、文化活動による子供と青少年の形成なんですって。

生徒はこのなかの一つのスポーツに絞って活動しているようです!三都主さん、日本のサッカーにも貢献してほしいですね!

実は三都主さん、日本でc級、b級の指導者ライセンスも取ってます!

 

奥さん綺麗な方ですね。ほんと美人さんです。

清水の日本代表MF三都主アレサンドロ(26)が12日、 静岡市出身の石橋直美さん(24)と入籍した。直美さんは元デパート勤務で長身の色白美人。 4年3カ月前に共通の友人を通じて知り合い、すでに同居中。

 

三都主は11月22日の『いい夫婦の日』にプロポーズし、 この日の練習を途中で切り上げ静岡市役所へ。覚えやすい『12月12日入籍』にこだわった。

 

新婚旅行は天皇杯後に故郷ブラジルへ、披露宴は来年中を予定。「まだ実感がわかない」と照れながら 「明るくやさしい人。これからも力になってほしい。子供は11人くらいほしい」と喜びを語った。

 

一般人の方と結婚してたんですね。そして子供は11人くらい欲しいって(笑)多すぎでしょう!サッカーチームでも作るつもりなんでしょうか?(笑)

そして三都主さんはブラジルで活動していますから、奥さん大変ですね。

 

子供

 

情報が全然ないですが、現在は11人じゃなくて4人のお子さんがいるようですね。男の子が二人、女の子が二人いるのはわかっていて、恐らく一人はアランと思われます。

11人欲しいって言ってたのでまだいる可能性もありますよね!せっかくですから男の子にはサッカー選手になって欲しいものです。

 

加古川

実は三都主さん、こんな活動もしています。

兵庫県加古川市と加古川観光協会は、サッカー元日本代表の三都主アレサンドロさん(40)を市の魅力を市内外にPRする「加古川観光大使」に任命した。期間は平成31年3月末まで。

 

同市が三都主さんの出身地であるブラジル・マリンガ市と姉妹都市提携していることから観光大使への任命が決まった。

 

三都主さんは「加古川は(郷土料理の)かつめしだけじゃないってことを全国に伝えたい。スポーツの分野でも日本に恩返ししていければ」と笑顔で話した。

加古川観光大使には、お笑い芸人の陣内智則さんや将棋棋士の井上慶太九段らも就任している。

日本でもこのような活動をしてくれてうれしい限りですね!感無量です!しかし、ブラジルでも忙しいですから、体調だけは気を付けて欲しいですね…

こんな活動ができるのも、日本を愛してるからこそなんでしょうね!

 

三都主さん、いつかの対談で、もし人生をやり直せるとしたら同じ決断をしますか?との問いに「そうだね。間違いないよ」と答えています。

 

この侍魂をもった三都主アレサンドロ。今後日本でもブラジルでもサッカーに貢献していく事は間違いありませんね。益々の活躍に期待しましょう。

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